店主口上5

店主口上

『ウンブリアの青い空』

1982年、8月。私はウンブリア州の中世都市ペルージアで、
昼はムッソリーニが建てた語学学校で(大学内に在る)イタリア語、
夜は学生達がたむろする酒場でアルバイトの日々を送っていた。

既にその年の3月にフィレンツエに着き、言葉を学び始めたけど、一向にうまくならず、
初めての海外生活と盆地のフィレンツエの暑さに次第に疲れ始め、所持金も少なくなり、
途方に暮れて、住み易い処を求めて移り住んだのだった。と言へば聞こへは良ひが、要は逃げ出したわけで。
其後何十回と続くイタリアに於いての第一回目の挫折を味わいつつ、
然し、ペルージアに棲む其れ其れの目的を持って集まった日本人達と半年振りに話す母国語は新鮮で、
新たな活力を与へてくれた。更に招かれて御馳走になった日本料理は今も忘れない。
加へて、隣町のスポレートで国際演劇祭が催され、私の青春時代に絶大な影響を与へてくれた寺山修司が来訪、
そして、ペルージアで開催されたウンブリアジャスフェステイバルに、
包丁かギターを持つか悩ませてくれたアルバートキングとB.Bキングの御二人が一緒に出演、
この一ヶ月余りに、もう日本に帰ろうかなあと打ちひしがれていた、馬鹿な私は蘇生し、
イタリアで頑張っていこうかなあと安易に思ふ事ができたのでした。

修行のシの字以前の話ではありますが、あれから30年が経ち、
そろそろこれを契機として、イタリアの恥でも語ろうかなと思った次第です。
因みにWキングのアンコール曲は、ラブミーテンダー、
やさしくアモーレということで、この話の落ちと致します。

2011年11月
「リストランテアモーレ 店主 澤口知之」

縦書 横書
RISTORANTE Amore