そして、自然にはかなわない、ということをこの一年つくづく思い知らされた。
瘴気がまとわりつくように、物騒な事件や破廉恥な事柄の発覚など、
心中、微妙なゆらぎを覚える。
イタリア料理の若い仲間たちが積極的に被災地に出向き、炊き出しなどの
ボランティアに従事している。若者らしい客気がみなぎり、心から立派だと思う。
自分は母方の実家が福島にあり、叔母たちが居るが
「今、こられてもなんのおかまいもできないから・・・」
慈悲の「悲」の心境に立ち尽くしている。薄情ではなく多情なのだ。
実際に身の廻りに一大事は起きていない。
なのに目に見えないものの意志というか、様々なことを考えてきた。
行きついたのは「毎日を丁寧に生きる」ということ。
そして体を整えること(体が資本)。
今年もあとわずか。
一人ひとりのお客様を大切にしていきたい。
リストランテアモーレ 給仕 久保木博
2011年12月13日
リストランテとは思えない
リストランテとは思えない