「リストランテとは思えない、アモーレ」其の伍

 最近の料理雑誌を眺めていても、あもりピンとくることがない。
以前なら「あぁ、これは〇〇シェフだな」「いかにも☓☓シェフらしいなぁ」と一目でわかる。
或いは、この撮り方のカメラマンはA氏だな、B氏だなと素人目にも狂いはなかった。
今は、情報としての写真ばかりで、響くものがあまり感じられない。
 「イタリアにはイタリア料理というものはない。或るのはその土地ごとに育まれてきた
郷土料理である」この認識が浸透した今は、特定の地方料理専門店も増えている。
トラットリアのメニューがこの考えに準ずることに全く異論はない。

――ではリストランテはどうなのか・・・。

 アモーレはリストランテと称しているが、料亭ではなく料理屋の類いである。
ここでは際立つ個性、唯一無二の存在感のある一皿が売りである。
かつては“私小説”ならぬシグネチャーな“私料理”が巷間溢れていた。
基本に忠実なうえ、それぞれのシェフらしい風情をもたせていた。
掟破りの逆サソリ固めもなかった。(人気のバーニャカウダのような)

 余命3ヶ月宣言を撤回して、アモーレは続いていく。
(引退宣言したプロレスラーが、今もリングのど真中にいるって感じ!?)

 一目でわかるアモーレ(=澤口)の料理。一口たべなければわからない
「利」と「毒」を是非味わって欲しい。

ウェスタンラリアットはスタン・ハンセンに勝る者なし

リストランテアモーレ 給仕 久保木博

RISTORANTE Amore